■ 陶職人 磯田行雲 紹介 ■

● 埼玉県鴻巣市で生まれる
父の移動にともなって埼玉県内を転々としました。
父は警察官だったので、2〜3年位を
めどに所轄が変わります。
そのため、学校も2、3回は転校していると思います。
● 埼玉県熊谷市に居住
当時の熊谷市は今ほど栄えておらず、私の住んだ肥塚などは
ジャリ道で、田んぼだらけだった記憶があります。
近所に大きスーパーも無く、よく近くのお店に
夕飯のおかずにと、トンカツを買いに行かされました。
店のおやじさんが手慣れた様子でお肉に卵をつけて、
パン粉をつけ、油に入れる手つきを今でも覚えています。
手の中でひとつの品物が完成していくさまが、とてもおもしろく
興味津々でながめていました。
今から思うと、この頃から物作りに関心があったのだと思います。

● いきなりゴルフ道に走る
いきなりカタカナのゴルフとは何ぞやですが、
学生の時にやり始めたゴルフに魅力を感じ、プロを目指しました。
栃木のゴルフ場で研修生として住込みで働き、朝は4時に起きて
コースを回ってから、キャディやコース管理の仕事をしたものです。
その後、熊谷市内のゴルフ場に移りましたが、
ここでは昼間のキャディ業務が終了してから、夜ボールが見えなく
なるまでコースを回り続けました。
おかげで今でも左手の小指はまっすく伸ばせません。
最終的には、腰を痛めてプロへの道は断念しました
● 古陶に興味を持ち、陶磁器の研究を始める。
学生の頃から古い物に興味はあったのですが、このころから図書館や
雑誌で陶磁器の勉強をはじめました。
とくに備前焼や信楽焼などの焼締め陶に惹かれ、穴のあくほど
写真を眺めたものです。

● 信楽、備前、唐津焼の研究を本格的に開始。
古陶の勉強をしている内に、何とかこれらを自分で焼く事ができない
だろうかと思い、焼成法の習得に努めました。
まず材料と道具を調達し、土の練り方やろくろの挽き方、
釉薬の調合法などを研究しながら習得していきました。
最初の頃は作った作品を七輪で焼いて爆発させてしまったり、
近所の店でレンガを買ってきて、20センチ四方のミニ窯を
作って、炭を燃料に焼きました。
これらは熱効率は今一つでしたが、窯の構造を
学ぶきっかけとなりました。
● 熊谷市肥塚に築窯。
市内肥塚に本格的な窯を築窯、現在に至ります。
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ここ熊谷は陶土を掘る場所がありませんし、薪の取れる山もありません。
陶器の材料を調達するのは非常に不向きな土地柄です。
しかし、場所がどこであろうと、「やきもの」という小さな感動を作り続け、
それを表現していくのが、陶工としての私の使命だと思っています。
末永く使って頂けるやきものを作るため、
熊谷の工房で、日々作陶しています。
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