2022/11/29 16:35
2009年2月23日(月)
お見事 「割れ」「垂れ」。
前略 行雲より。
本日の熊谷は小雨の降る寒い日だ。
春先は暖かくなったり寒い日があったりで大変だが、
体調をくずさぬように注意したい。
さて、今回の写真はこれだ。
しばらく前に成型の段階でご紹介した大土瓶の底である。
見事なまでのパックリ感。
底まで流れた釉薬の垂れ。
まさに芸術?と化している。
冗談はさておき。
乾燥の段階ですでに底切れしていたので、焼けばもっとひどくなるのは
わかっていたが、オブジェとして作ったので底の割れは問題ない。
釉薬の「垂れ」も灰釉を思いっきり掛ければ当然のことなので、こちらも問題ない。
ヤスリやグラインダーで削りとってしまえばいいだけの話で、すべて予想の範囲内だ。
ここで、陶芸をやっておられる方々にアドバイスをしたい。
上記の写真のように、やきものは割れ、ヒビ、釉薬垂れなどは
日常茶飯事と考えておいた方がよい。
皆さんが作っているのは「作品」だ。
作品を作る以上、100円ショップで売っているような安定した陶器を作っても
面白くもなんともない。
釉垂れ結構。割れもおおいに結構。
こんなものが怖くて陶芸なんかできやしない。
窯焚き100回以上のプロでも上記の写真のようになるのだ。
陶芸を始めたばかりの初心者~中級者の方々ならなおさらであろう。
大事なことはこういった割れや釉垂れなどを失敗と捕らえずに
次の作品に生かすことだ。
もし割れてしまったら、もうちょっと底を締めてみようとか、薄く作ってみようとか、
割れを見越して多目に作るとかいろいろ工夫してみる。
プロでも10個作れば、1,2個は割れるのだから、
割れない作品を作れるのが不思議なくらいだ。
釉薬に関して言えば、
釉が流れて垂れてしまった場合、次回はもうちょっと薄く掛けてみようとか、
釉薬を薄めに溶いてみようとか考えてみる。
釉薬の流れを作品に生かす灰釉や織部などは流れて当然なのだから、
底ぎりぎりまで掛けないようにするとか、
どうしても底に掛けたかったら、その部分だけ薄めに調節したものを塗るとか
方法はいろいろある。
一番いけないのは失敗を恐れてチャレンジしなくなることだ。
我々プロだって失敗するのである。
失敗を糧に次の作品に生かせばいい。
さて、この大土瓶の完成後の上から見たものはこちらだ。
ひょうげた形に作ったので絵付けを要所に入れたのだが、
見事に流れて何の絵なんだかわかりゃしない。
それもある程度予想済みなので、まあいいだろう。
口先の部分をもう少し遊んでみたかったが、今回はテスト焼成なので
次はもう少しゆるい雰囲気で作ってみたい。
ぽろろん。
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2009年2月20日(金)
登場 絵画の巨匠。
前略 行雲より。
本日の熊谷の朝は昨日夜半からの雪で久々に白一色だった。
たまに雪が降ると路面が滑ったりするので、移動には細心の注意が必要だ。
・・・と書いている今現在は天気もすっかり持ち直して快晴になりつつある。
降ったり、晴れたりの春近しかな。
さて、今回の写真はこれだ。
小学館から出版された「西洋絵画の巨匠シリーズ」の創刊号「ゴッホ」である。
しばらく前に本屋さんへ行ったところ、
入り口に大量に積まれていたので思わず手に取ってしまった。
大判で手頃な薄さ。
絵画の画集というものは大きい方がいい。
単純に絵の迫力が違う。
おまけに巨匠の代表作の一部が実物大で掲載されているとのこと。
これは手に入れたいと思った。
例えばゴッホだと代表作の「ひまわり」がある。
この「ひまわり」のセンター付近の一部を、
見開き4ページ分に渡って実物大で掲載されているのである。
これはインパクトがある。
油絵なので当然筆のタッチが知りたい。
実物大で見ると荒々しい筆さばきが鮮明にわかるので、
作者の意気込みみたいなものも伝わってくる。
よくテレビの「~鑑定団」などで、画商の人が絵を真近で食い入るように見つめているが、
作者の筆のタッチを見ていると聞いたことがある。
やはり画家によって個性が現れるところなのだろう。
そういった絵の特徴が真近で見れるのは有難い企画だ。
さて、このゴッホの作品をこの本の中でいろいろ見せてもらった。
「夜のカフェテラス」や「種まく人」など。
ミレーや日本の浮世絵を写したものも多いそうだ。
陶芸もそうだが、やはり先人の名作を写すことから技術は生まれるのだろう。
「種まく人」などは、主役は写しているが、
その周りはゴッホ特有の明るい黄色で自分流の作品に昇華させている。
まさにお見事の一言。
陶芸好きの方も機会があったらぜひご覧頂きたい。
やきもの製作に、「何か」が反映されると思う。
ぽろろん。
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2009年2月9日(月)
西洋の女流陶芸家。
前略 行雲より。
本日の熊谷は昨日とはうって変わって穏やかな日だ。
昨日は北風がすごかった。工房の暖簾は飛んでしまうし、
目にゴミは入るしで散々な天気であった。
こんな日を繰り返しながら春がやって来るのだろう。
さて、今回の写真はこれ。
東京12チャンネルの「美の巨人たち」の公式サイトである。
先日この番組で陶芸家のルーシー・リー氏を特集していた。
西洋の陶芸なのでいわゆる日本の産地の伝統的なやきものとは
趣が違うが、女性らしい薄作りで色鮮やかな作品が多かった。
日本でも有名なバーナードリーチ氏に作品を見せたところ、
「薄すぎる」と言われたらしい。
厚みのことなのか、色合いのことか、はたまた全体の雰囲気なのかはわからないが、
リーチ氏には好評ではなかったようだ。
造形も特徴があった。
写真で見る通り、高台を小さく高くして、器本体はパッと華やかに広げていく。
今となってはあまり珍しい造形ではないが、当時としては画期的だったのだろう。
使いやすい作品なのかと言えば、使いづらい部類に入るかも知れない。
デザインに重きを置くと使いづらいし、
逆に安定感ばっちりの使いやすい器を作ると見た目が不細工になっていく。
やきものに限らず、形あるものの共通の宿命だ。
面白かったのはヘルメットを模したサラダボウルを見たときだ。
当窯でもヘルメットを型どったボウル皿を作っているが、
同じ発想なのは笑ってしまった。
何かいい型はないかな~と、絶えず探していると同じようなものに目がいくのだろう。
人間の考えることは、所詮いつの時代も同じなのかと。
さて、やきもの屋の性分からか、いい作品を見ると使っている土、
釉薬、焼成雰囲気などをイメージして、同じ作品が再現できるか考えてしまう。
そこで、ルーシー氏のよく放映されていた
上記の写真と造形が似ているブルー系の鉢の作品の作り方を推測してみよう。
土は白土をベースにやや鉄分を含んだもの。
上薬はマットのトルコブルー系の釉薬。
造形はロクロ挽きでOK。型成型でも可能。
口縁部はマットの飴系で灰を多目に調合してやや流れやすくする。
焼成は酸化で、途中ほんの少し還元にふってやる。
完全な酸化焼成ではあそこまでの色合いは出にくいだろう。
かと言って完全な還元焼成だと、ブルー系の釉薬は緑になる場合があるので
どうかと。
テストで2,3回焼けば同じような風合いは出ると予測するが、
こればっかりはやってみないことには・・・。
ルーシーファンの方は上記を参考にチャレンジしてみては。
ぽろろん。
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2009年2月2日(月)
久々に感動した・・・。
前略 行雲より。
春がそこまで来ているのだろうか。
たまに吹く北風はまだ冷たいが、
室内にいる限り暖房の要らない暖かい一日だった。
さて、今回の写真はこれだ。
講談社が出版している高橋まゆみさんと言う人形作家の
「草の道」と言う作品集だ。
先日、昼ご飯を食べながら何気なくテレビを見ていたら、
NHKの教育番組でこの高橋まゆみさんが出演していた。
福祉系の番組でお年寄りにスポットを当てて、高橋さんの人形が
多くの人たちに感動を与えているとのことで番組は進行していた。
テレビで紹介された人形はすごいの一言。
主に農作業服のお年寄りやその周りの子供達などが多いのだが、
アルツハイマーのおばあちゃんを
ご主人のおじいちゃんが連れて帰る1シーンは感動ものであった。
サンダルを履き違え、手にはぬいぐるみを持つおばあちゃん。
その肩をやさしく抱きしめて、微笑むおじいちゃん。
家を出て徘徊してしまったのだろう。
必死に探して見つけた安堵感が人形からひしひしと伝わってくる。
たった1シーンでこれだけの感動を与えられる
この創作人形というものに驚いてしまった。
その足ですぐさま近所の書店に行き、先ほどの作品集を手にいれた。
少し前の作品集らしくテレビで見たものとは若干違うシーンで掲載されていたが、
それでも感動は充分伝わってきた。
やきものでここまで人に感動を与えられるだろうか。
しばらく考えてみたが、今の私には到底無理であろう。
やきものは用の美。
創作人形とは違う感動は得られるが、人が涙を流すまではいかないだろう。
芸術というものが人に感動を与えるものだとしたら、
高橋まゆみさんと言う作家はまさしく真の芸術家に違いない。
陶を生業とした以上、少しでもその域に近づきたいものである。
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2009年1月25日(日)
大物作りはこれがいいかも。
前略 行雲より。
本日の熊谷は絶好の運動日和だ。
春のような暖かさで土の乾きもいい。
このまま寒さが終ってくれれば過ごしやすいのだが、
冬将軍もそんなに甘くはないだろう。
さて、今回の写真はこれだ。
作陶中の大土瓶である。
まだ口と持つ所が付いていないので形が想像できないと思うが、
私の頭の中ではしっかりとイメージが完成している。
乾くのを待って底を削ってから口作りへといきたい。
最近は大物作りにハマッている。
大壺、大徳利など大物もいろいろあるが、大土瓶のひょうげた形が好きだ。
何ともいえない愛くるしい形がかわいくさえ思える。
この作品の土は土鍋土ではなく、通常の赤土なので直火にはかけられない。
作ってもなんの利用価値が無い様な気がするが、そこはアイデア次第である。
口の所にコルク栓を詰めてしまえば、
ちょっとした焼酎サーバーにもなるし、お酒を入れても良い。
口のところに強引に花を飾ってもいいし、
オブジェとして置いておくだけでもいい。
やきものは見立てで使えるものも多いので、
この品はこう使うべきだと決めつけてはいけない。
アイデア次第で何にでも応用してしまえばいいのである。
さて、こういった大物作りのコツだが、
まずロクロの一本挽きなんぞ大それたことをするのはやめにしよう。
やってやれないことはないが体力は使うし、
ロクロのパワーはいるしでいいことはないだろう。
それより作って楽しく、また次回も作りたいな~と思う作陶法でないといけない。
そこでお勧めなのが、ヒモ作りである。
円状の粘土を平らにして底を作ったら、
土をヒモ状にしてえっさほいさとひたすら組み上げていく。
円柱状にヒモを組み上げたら、
後はロクロを軽く廻してご希望の形に挽いてあげれば良い。
この方法なら非力な女性でも比較的楽に大物を作れるし、
ロクロを上手く挽けない人でも花瓶や陶ランプ、背の高いフリーカップなどを
簡単に挽くことができる。
まあ、一本挽きに比べると若干形にゆがみが出るが、
多少のゆがみはかえって味わいがあるし、
まさにあなただけの手作りの品と言えるだろう。
ちなみに大物をヒモ作りする際には、
底面に接着する最初の1本目はがっちりと噛むように
底面を引っ掻いてドべを塗ってからつなげよう。
そうしないと完成後に水を入れたとたん底がスポッと抜ける場合がある。
特に焼締めや釉薬を薄く塗る作品は、
接着力が弱いのでしっかりとドべでつなげること。
これがコツだ。
あとはなるべく硬めの土を使うこと。
練ったばかりの土はやわらかいので、
しばらく乾燥してちょっと硬いくらいの土の方が作りやすい。
市販の土なら買ってきて練らずに使うのがちょうど良い。
やわらかい土で大物を作ると必ず土がへたってしまうので注意しよう。
ある意味硬くなった土の再利用のひとつだと思えばいい。
最後に大物は一気に全部を作らないこと。
大きさにもよるが、下半分~3分の1を作ったらしばらく乾かして、
やや硬くなってからまた積み上げていく。
この方が土がへたらないで成功しやすい。
高さがあまりなく、形もほぼ円柱状であれば一気に作っても大丈夫だ。
何個か作ってみて失敗するのも勉強になるので、
まずはチャレンジしてみよう。
特にこの時期はロクロの水挽きは手が冷たいので、ヒモ作りの方が楽だ。
最初は小さめのものを作って少しづつ大物に挑戦してみる。
また、焼締めで作れば釉掛け作業も要らないので、さらに楽である。
成功するか、はたまた割れてしまうか、
半々くらいの軽い気持ちでいってみよう。
陶芸の腕が上がりますぞ。
ぽろろん。
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2009年1月16日(金)
活字が好きだ・・・。
前略 行雲より。
本日の熊谷は絶好の洗濯日和。
昨日まで頻繁に吹いていた北風も無く、穏やかな一日である。
とは言っても、朝晩の冷え込みはなかなか厳しい。
窯場そばの水道も久々に凍ってしまい、
お湯を掛けて復活させる羽目になってしまった。
水道の蛇口にあったか~いセーターでも着せようか検討中である。
さて、今回の写真はこれだ。
いわずと知れた「新聞」である。
この新聞というのは非常に使い勝手のいい物体である。
読んだらお終いではなく、揚げ物などの包装、
作業時の下敷き、ひいては災害時の保温材としてなど、非常に利用価値が高い。
陶芸にも使える。
ロクロ成型後には必ず古新聞の上に保管する。
直接板の上に置くと乾燥するにしたがって割れが入ってしまうからだ。
広告紙でも可能なのだが、なんとなく古新聞の方が落ち着く。
絵柄が地味だからだろう。
また、素焼き前までの保管棚の日除けとして使ったり、
完成後の作品を移動する時の緩衝材としても利用可能だ。
さて、この新聞だが良く見るとほとんどが広告である。
だいたい一面の上半分は記事なんだが、下半分は大抵どこかの広告で占めている。
なかには見開き3面全部広告なんてのもざらにある。
この広告があるから、1日100円台。1ヶ月3000円台で宅配が可能なのだろう。
考えてみればこの宅配システムってのもすばらしい。
朝起きたらポストに必ず新聞が入ってるのだから、すごいのなんのって。
雨の日も雪の日も、はたまた台風の日だってしっかりポストにささっている。
これだけの労力を掛けて、1日100円台の安さである。
絶対必要かって言われると少々疑問であるが、無きゃ無いで非常に不便な品物でもある。
この安さで宅配してくれるのなら買いましょうってことなんだろう。
しかし、この新聞だが、
今となっては軽く目を通す程度で、
ほとんどやきものの保管用具になりつつある。
活字中毒の私でさえ、あまり読まなくなったのはなぜだろう。
原因を考えてみたのだが、インターネットの普及が大きいと思う。
ネットを開けば、世界のほとんどの時事は読めてしまうし、
ちょっとしたコラムで時間つぶしなんかもできる。
わざわざ紙媒体を購入してまで読む必要がないのではないかと・・・。
そういう意味では書籍も同じだろう。
出版不況と言われているらしいが、
ネットと古本のシステムが充実してきたのが一因のような気がする。
浅い情報はネットで用が足りるし、もっと知りたければ古本を買えばいいという具合だ。
心底知りたい情報が新本にしか無ければ買うが、
まずネットで見て、次に古本を探し、
それでも無ければ新本を買うというのが手順になってしまっている。
出版社さんから見れば1円も会社に入らないので、
非常に儲けの薄い客ということになるのだろう。
だってしょうがないではないか。
1000円の新刊本を1冊買うなら、300円の古本を3冊買いたい。
電気製品だと「壊れるかもな~」というリスクがあるが、古本には無い。
少々手垢で汚れていようとも、本は本。中身が読めれば事が足りてしまう。
だからといって良く言われる「活字離れ」では絶対に無い。
いい本があれば並んででも買う。
これは間違い無い。
要は新書でなくても間に合ってしまう世の流れが原因ではないかと・・・。
ちなみに私の本購入のパターンだが、
まずネットのポータルサイトのYahoo画面から、その日のニュースを軽く読み、
その後、MSNのサイトに飛んで再びニュースに目を通す。
用語に詳しい情報が欲しい時は、
その用語をコピーしてネットの百科事典ウィキペディア(Wikipedia)で検索だ。
これで大体の用は足りるが、
ウィキでもの足りない時はそれに関する本をアマゾンで探す。
そこでもアマゾンの「マーケットプレイス」で中古が無いかをチェックする。
その後、「イーブックオフ」でも同じ題名を探して、
送料を安く済ませるように、古本を大量購入するといった感じである。
イーブックオフに無ければ、先ほどのマーケットプレイスで340円の送料を払い購入。
それでも無ければ、新書をアマゾンで購入するといった次第である。
ネットが無い時代にはここまで面倒なことはできなかった。
本屋さんで見つけた新本を、
実店舗のブックオフまで行って探す気にはなれなかったのである。
だから、新書を本屋で買っていた。
しかし、今はネットで瞬時に探せてしまう。
便利な方法で購入してしまうのが人間のサガではないだろうか。
いっそのこと、新書をネットでPDFのダウンロード販売なんてできないのだろうか。
それなら、新書の値段も本屋さんで売ってるより安くなるだろうし、
PDF版で満足できない人は、同じ内容の新本を買って本棚に入れるだろう。
近未来では、新書のダウンロードシステムができることを祈っている、
根っからの活字ファンなのだ。
ぽろろん。
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2009年1月5日(月)
新年あけましておめでとうございます。
前略 行雲より。
お正月が明けてまだ間もないが、
今日から仕事始めの方も多いでしょう。
サービス業の方はやっと一息ついているかも知れない。
今回はお正月らしく、軽く読み流せる「ゆる~い」話題でいってみよう。
これは何気無く散歩中に撮った写真だ。
実は虹が写っているのだが、良く見ないとわかりづらい。
写真としては失敗作である。
虹というのはそう簡単には消えないだろうと思い、
ゆっくりとカメラを準備したのだが、
レンズを向けるとだいぶ薄れてきてしまった。
「虹を見つけたら瞬時に切るべし」。
今回の教訓である。
ところでこの散歩というのは実に気分転換にいい。
目的を決めずにぶらりと行くも良し、
買い物ついでに散歩するも良し。
すべては各人の自由であるところが、なおよろしい。
散歩と言えば、
テレビ朝日 毎朝10時頃からの「ちい散歩」なる番組も面白い。
東京のちょっとした街を散歩しながら、
役者ちいさんとその街の住人たちとの触れ合いを描いている。
知り合いのラーメン屋さんでは撮影を一時中断して、
スタッフ共々ラーメンを食べてしまうなど破天荒なところも共感を感じる。
番組最後に役者ちいさんが思い出の場所を絵葉書風にして紹介するのだが、
役者ならぬ画家ちいさんの一面も感じられる、
ほのぼのとした構成になっている。
一方、深夜番組に目を向けると金曜の深夜にやっている
「もやもやさまぁ~ず」もお勧めだ。
さまぁ~ずとテレ東のアナウンサーが、
いわゆる「もやもや」した場所を散策するという番組である。
裏通りを歩いてガチャガチャをやったり、喫茶店で無言で食事したりと、
だいだいお決まりのパターンなのだがつい見てしまう。
こういった散歩系の番組は肩肘張らずに見れるので、
晩酌をしながら見るには最適なのである。
どうでもいい話だが、このもやもやさまぁ~ずが終わってすぐに、
漫画の「ゴルゴ13」も流れで見てしまうのは私だけだろうか。
世の男性陣ならおわかりだろうが、
学生の頃に入った寂れた焼きそば屋や定食屋には
必ずと言っていいほどゴルゴ13の単行本が置いてあった。
注文してから品が運ばれるまで
漫画のゴルゴを食い入るように読んだものである。
そのせいか、テレビで始まったゴルゴもつい見てしまうのだが、
やはり漫画というのは映像より本で読んだ方が面白いように思う。
テレビだと30分という決められた時間の中で1話を放映しているので、
どうにも間延びというか、進行がまだるっこしいのだ。
やはり本で活字と絵を見ながら自分なりのスピードで楽しみたい。
そんな訳で、
散歩ついでにぶらりと裏通りの焼きそば屋にでも入って、
ゴルゴを見ながら箸でもすすめてみようかと思う年明けであった。
ぽろろん。